125 社名が使えなくなったら

ちょっと衝撃的なタイトルですが、自分の社名が使えなくなるなんてことがあるでしょうか。結果として、使えなくなることはなかったのですが、最高裁判所まで争われたことで有名な「小僧寿し事件」があります。事業を始めるに当り、商標登録が欠かせないことをご理解いただけると思いますので、事件のあらましを簡単にご紹介します。
 
 訴えを起こしたX社は、標章「小僧」を商品「他類に属しない食料品及び加味品」に使う、商標権を持っていました。他方、訴えられたY社は持ち帰りのすしを製造販売しています。そして、A社が主催展開するフランチャイズチェーンに加盟して、「小僧寿し」という標章を、店舗、看板、車両などに自ら表示し、他の加盟店にも使用させていました。
X社は、Y社に対して、X社の「小僧」の商標権を侵害していると主張して、Y社の「小僧寿し」の使用差止めと損害賠償を求めて裁判を起こしたものです。
これに対してY社は、「小僧寿し」は、A社の正式名称である「株式会社小僧寿し本部」という社名の略称であり、フランチャイズチェーンを示すものとして使用している。そして、著名になっているのでX社の商標権は効力が及ばないと主張して、最高裁判所まで争いました。結果として、著名になっていることが認められて、Y社の主張が認められました。「小僧寿し」は、著名な略称であることから、小僧寿しチェーンで使用することができています。

 この事件の背景となる時系列経緯も簡単にご紹介します。判決で認定されたこと、A社のホームページで公表されている沿革、特許庁の登録商標の記載などを時系列に並べます。
まず、X社の商標権は、昭和31年(1956年)に出願されています。(商標登録第505891号)
A社は昭和39年(1964年)に、小僧寿しチェーンの前身「スーパー寿司・鮨桝」を出店しています。翌年には、業容拡大にともない、「株式会社鮨桝」を設立しています。
昭和43年(1968年)には、フランチャイズ方式を採用し、昭和47年(1972年)に、「株式会社小僧寿し本部」を設立し、加盟店27店舗でスタートしました。そして、略称「小僧寿し」の使用を始めています。
昭和48年(1973年)には、100店舗を達成し、昭和50年(1975年)には500店舗、昭和52年(1977年)には1000店舗を達成しています。
A社は、昭和52年(1977年)には、標章「小僧」を商品「台所用品、日用品」に使うものとして、商標登録出願をして商標権を得ています。(商標登録第1477609号)
A社は、昭和56年(1981年)には2000店舗を達成しています。
A社は、昭和61年(1986年)には、標章「小僧寿し」を商品「菓子及びパン」に使うものとして、商標登録出願をして商標権を得ています。(商標登録第2376783号)
その後に、X社が上記の訴えを起こし、高知地方裁判所で平成4年(1992年)に第1審の判決が出されています。
さらに、A社は、平成4年(1992年)には、標章「小僧寿し」を役務「すしの提供」に使うものとして、商標登録出願をして商標権を得ています。(商標登録第3020794号)
そして、第2審高松高等裁判所の判決の後、ようやく平成9年(1997年)に最高裁判所の判決が出されました。
なお、X社の「小僧」の商標権は平成22年現在では消滅しています。

 こうした経緯を見ると、創業は小さなお店から始め、名前も変転することが多いようで、なかなか商標登録出願をするところまで気が回らないし、お金もかけれない、という事情も推察されます。業容拡大とか、○○店舗達成とか、いくつかの事業の重要なターニングポイントで、商標登録をしておくべきと思われます。結果として著名になれたので良かったのですが、そこまでの知名度を得ていなければ、略称としての社名を使えなくなった可能性もあるわけです。

 商標登録を受けて特許庁に納付する登録料とその商標権を維持するための更新登録料が、諸外国に比べ高額であり、引き下げの要望が多かったので、平成20年の商標法が改正されました。これにより、特許庁に納付すべき料金は約半額になったので、商標の保護を受けるための費用対効果はいっそう高まったといえます。小さなお店から始める小規模な事業者の方にも、お店の名前や会社の名前が安心して使えるように、是非商標登録しておかれることをお勧めいたします。