422 先使用権

 先使用権という権利が認められる場合があることを、商標登録しなくても使用できる例外として説明しました。これは、逆に商標権者の側から見れば、商標権を侵害されていると思って、権利行使しようとするときに、注意しなければならない非商標権者の権利です。
 条文では、「他人の商標登録出願前から日本国内において不正競争の目的でなくその商標登録出願に係る指定商品若しくは指定役務又はこれらに類似する商品若しくは役務についてその商標又はこれに類似する商標の使用をしていた結果、その商標登録出願の際現にその商標が自己の業務に係る商品又は役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されているときは、その者は、継続してその商品又は役務についてその商標の使用をする場合は、その商品又は役務についてその商標の使用をする権利を有する。」(商標法第三十二条第一項前半)となっています。

 この規定は、他人の権利との関係で登録を受けることができない、他人の商品等を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標又はこれに類似する商標のいわば、表裏の関係にあります。そのような他人の商標があれば、第四条第一項第十号に該当し、登録を受けることができません。ところが、特許庁の審査で誤って登録をする場合があり、そのような場合に先に使用している他人を救済しようとする規定です。ここで、「広く認識された」という範囲は、第四条第一項第十号と同様と考えられています。相当程度周知でなければ、保護するに価する財産的価値が生じないとみられるからです(特許庁編「工業所有権法逐条解説第18版」抜粋)。

 実際の差止め請求に関連する事件で、「広く認識された」という範囲が解釈された次の事例があります。登録商標「ゼルダ」の商標権者Aは、被服の企画・販売業者Bに、Bが商標「ゼルダ、ZELDA」を、登録商標の指定商品と同じ被服に使用することは、Aの商標権を侵害しており、差止め請求する旨、主張しました。これに対して、BはAに差止め請求権がないことを確認する訴訟を起こしました。1審では、Aに差止め請求権がないことが確認されました。Aは控訴しましたが、控訴は棄却されました。
裁判所では、「周知性、すなわち『需要者間に広く認識され』との要件は、同一文言により登録障害事由として規定されている第四条一項第十号と同一に解釈する必要はなく、その要件は右の登録障害事由に比し緩やかに解し、取引の実情に応じ、具体的に判断するのが相当というべきである」と判断されました。そして取引の実情の判断として、次のような実情を上げています。
「デザイナーブランドの場合、大規模メーカーが不特定多数の消費者を対象として全国的規模で広告宣伝し大量販売するナショナルブランドと異なり、展示会、ファッションショーを通じて、・・・百貨店、小売専門店等のバイヤーに・・・マスコミ関係者による記事等を通じて、そのイメージの浸透に務め・・・ブランド単独の売り場(インショップ、ブティック)を獲得したり、地方にフランチャイズ店を構えるなどして、・・・売り場、店舗を通じて、間接的に消費者に、そのブランドのイメージの浸透をはかる」ことを上げています。
また、「デザイナーブランドに関しては、流通段階におけるバイヤーをその需要者として捉えるのが相当である」として、一般消費者に必ずしも直接的に認識される必要がないとしています。
また、「デザイナーブランドの場合、その対象とする層によって、多数の消費者に販売することが必ずしも目的とはならず、その売上げの多寡がブランドの著名性と結びつくとは限らないことが認められる」ともしています。
被服の企画・販売業者Bは、需要者に広く認識されていることを事実として立証する一部の証拠として、宣伝広告面で、各種の服飾ファッション雑誌に紹介記事が掲載され、それらの雑誌の発行部数は、「ミセス」が約40万部、「流行通信」が約5万部等と主張しました。その他の証拠も併せて、裁判所では、「需要者に広く認識されている」ことを事実として認定しました。(東京高等裁判所平成3年(ネ)4601号)

 他人の商品等を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標又はこれに類似する商標の事例では、需要者に広く認識されている程度は、首都圏人口約4000万人に対して、新聞折り込みちらしを3万枚頒布する等の程度は、需要者に広く認識された状態とはいえないと判断され、不登録事由が否定されました。この相違は、一つは、取引の実情が、不特定多数の消費者を対象にしているか否か、による相違と考えられます。もう一つは、商標権侵害という当事者同士の民事の争いの場面か、画一性を求められる行政処分としての登録査定の場面か、の相違があるといわれています。